カッ!という間に12月も半分が過ぎました。
いや~,後3ヶ月と17日後には長野での生活がスタートしてるわけです。
現実を帯びてくると期待と同時に不安も高まるから面白いです。
さて,寒冷地での古民家暮らしを始めるに当たってオーストラリアのエアーズロック,
いやいや,マウント・オーガスタスのような巨大な一枚岩のような巨大な不安が
「寒さ対策」(taisaku of samusa)であるのは間違い無い。
友達が居なくて孤独で耐えきれないや,仕事が無くて困っちゃうよねなどの問題は
「寒さで明日まで生きられない」という生死に関わる大問題の前ではチープだ。
断熱材が気持ちよいくらいにゼロ,そして隙間だらけの古民家の圧倒的な寒さを
始めて味わったのは2010年2月。初めてこの家に泊まった日のこと。
寝ていても布団から外に出てる耳や鼻が冷たくて痛くて目が覚める。
たまらずに夜中に起きてガムテープで1部屋分だけでも隙間を埋める。
たった1cmの隙間なのにそこから冷風が絶え間なく吹き込んでくるから不思議だ。
一応,私は新潟生まれの新潟育ち,嫁さんは北海道函館市育ちということで
比較的寒さには強いという自信がどこかにあったのだけど,んなもんはぶっ飛んだ。
そんな中でも生後11ヶ月の息子はお構いなしに布団から手や足を出してしまう。
夜中にそれに気が付いて布団に入れるのだけど,もう芯から冷えきっていて
こすろうが息を吹きかけようが冷たいまま。凍傷にでもなりやしないかと怖くなった。
(そのときに古民家にて撮影。指は平気大丈夫でした~)
標高700メートルという高さもあるだろうけど,この寒さの原因はやはり大正元年築の
101年の古民家だからだろう。他の家ではクーラーとストーブだけで快適に過ごしてるし,
天井も床も左も右も,あちこち穴や隙間が空いてるからだ。
(昼間は太陽さえ当たっていれば温かかったり。寒いのは家の中!)
あの冬の体験から,私は「住みはじめて最初の冬が来るまでにちゃんと対策をしよう」と
強く心に誓い,同時にあの「一発逆転のアイテム」への憧れと期待が強まったのであった。
つづく
→2010年02月の長野へ行ったときの日記はこちら
http://ta.yukiboulife.com/nikki/2010/201002.html#2010.02.13
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