2011年12月17日

国がダメでも国民は誇り高く生きよう!1211脱原発デモ参加

こないだの日曜日の12月11日。友人から誘われた船橋での脱原発デモに出かけてきたのでそのときの話をしようと思う。農園ブログに関係ないって?いやいやいやいや,関係大ありなんですわ。代々,土作りをし,大地を育て守ってきた農家こそ原発事故で土が汚染されたことを怒るべきだし,今後の脱原発も叫んでいくべきなんだ。

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6月のデモに参加したときの経験からデモは注目を浴びないと意味がないと分かっていたので音の鳴る小道具も作っていった。お膝元ということでお菓子の缶の蓋に野田総理の写真を貼り付けてそれをガンガンぶったたくというものにした。(TPP協定の強制参加の件でも私はこやつが大嫌いなのです)

この日は1人で行こうと思っていたけど息子の風邪もある程度回復したし(咳は止まらないけど),閉じこもってばかりじゃ健康にも悪かろうと嫁さんと息子も一緒にデモに参加することにした。病み上がりで可哀相だけど一緒なら署名も3人分書けるし,息子も成長したときにデモ参加の意義を話せば分かってくれるはずだ。

私たちのデモへの参加は611以降。あのときは予想はしてたけど息子が暴れて大変だった。当時で17kg越えのこの子を30分間以上だっこして(だっこすれば下ろしてと言う)叫んで歩くのは苦行だったし,それ以前に集合場所までの歩いて30分もキツかった。夫婦で腕の筋を痛めたものな,あのとき。

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(611デモのときの写真。肩車してるのは息子)
2011年06月11日の日記はこちら
http://ta.yukiboulife.com/nikki/2011/201106.html#2011.06.11

実行委員会のメンバーである友人からデモ前の集合場所で3分間程度,スピーチしてみないかと言われた。人前で話すのは苦手で脇汗をかくので嫌なのだけど,逆に,「こんな脱原発デモ行進の集会ですら語りたい人間(語れる人間)が居ない」ということが私には大問題に思えた。

人に文句を言ってはいけない,デモをするような人間は奇抜,何もしないことがカッコイイというプロガバンダ(洗脳)を戦後,日本人は受け続けた。これにより「空気読めない」のような愚語が流行語になるほど日本人は足並み揃えて右へ習えの人種になってしまったのだ。

現地に到着してからもし,私の他に熱く語りたいという方がいたらお譲りしようと決めて,スピーチをやってみることにした。ゆき坊さんも話すと決まった。私と違って彼女はキモが座っているので堂々としたものだ。

そんなこんなでスピーチが始まった。

611に埼玉で参加した脱原発デモで私が思ったのは参加者に情熱,勢い,怒りが足りないことだった。いや,足りないんじゃないのだ,長らく受けてきたプロガバンダで怒りを表に出すことが出来なくなっているのだ。誰よりもそのときの私自身がそうで,飼われた犬のように声が出ず自分自身を反省した。これはデモなんだ。しかも賃金上げろ云々の話じゃなく,命に関わる問題。お遊戯会じゃない。必死にやらないほうが恥ずかしいんだ。

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(一生懸命に怒りをぶつける私)
私の番になり皆の前に立つと予想通り頭がまっ白けになったのだけど,そんなことすらどうでも良かった。良いことを言おうと思うな。等身大の思いの丈をぶつければいい。311以降私たちに起きた出来事を思いつくままに怒りを込めて熱くしゃべればいい。食べ物のこと,水のこと,野菜のこと,農家の苦しみのこと,政府や,東京電力への怒り…。

息子や愛犬を散歩させることも出来ない。放射線の価値観の違いで母親とケンカしたこともあった。嘘の報道や本当の200ベクレル越え(栗山浄水場)で水道水も怖くなった。息子が心配で預けてる保育園に抗議しにいったこともあった。地産地消の生活だったのにそれが逆転,海外産に北海道産と遠ければ遠いほど安心になった。顔なじみになっててた八百屋さんやお肉屋さん(去年までの日記によく登場)にも一度も行けてない。葛藤して苦悩して自分で作った野菜だって捨てたんだ。などなど。

怒りでどこまで話せたかは覚えてないけど熱意は伝わったと思う。早口だし噛むわで聞きづらかったとも思う。だけど熱意だけは伝わったらしく最後には拍手を頂いた。あぁ,これでいいんだと思った。1つ自分の殻(プロガバンダ)を破けた気がする。

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(主婦,そして母親の目線から語りかけるゆき坊さん)
私と比べると日頃から30人~40人の手作り教室で人前で話すことに慣れてるゆき坊さんはしっかりと話せていた。料理を担当してくれてるゆき坊さんは買い物の度に私以上に葛藤して辛い思いをしてるはず。子育てをする奥さん達にはしっかりと伝わったと思う。

そんなこんなでデモが始まった。
611のデモのときに比べると皆さんもデモ慣れしてきたのか声も出て来たし音の鳴る小道具持参の方が多くて盛り上がっていたと思う。様子は下に動画でアップされているのでそれを見ていただけたらと思う。(お恥ずかしながらかなり前で行進した私達夫婦も結構写っております。)

もう喉が枯れるまで叫んでやった。心配だった息子はゆき坊さんの腕の中で眠ってくれた。

デモ終了後。デモ後も少しでも船橋市民に訴えてやろうと手書きの看板を首からぶら下げたまま歩いていた私にデモを見た70歳くらいの品の良さそうなご婦人が声をかけてきた。「こうやって頑張って行動したと言うことは後々に良い思い出になると思います」と。関心を持って声をかけてきてくれたことが嬉しかったのだけど私はあえて「第5福竜丸のときは主婦の方々が3000万人の署名を集めても変われなかったんですよね。あのときの方々のためにも今回こそは思い出で終わらせたくはないです。」と前向きに答えた。

そのご婦人は帰るときに脱原発の1000万人署名もしていってくれた。署名というもの自体に抵抗があるとおっしゃっていたけど書いてくれた。脱原発に向けてこれだって小さいけど大きな1歩になるだろう。

その後の実行委員会の反省会にも参加させて頂き,私の極論的だけどそれが正しい意見も言わせて頂いた。私の意見はただ1つ。それは権力を持った上の人間達に「ゴールを設定してもらう」ことだ。

どのくらい署名を集めたら,デモでどのくらいの人数が集まれば,市長や知事が動いてくれるのかを期限付で公開質問して問いただすこと。例えば森田知事が解答をしないで無視するようならその様子もしっかりと掲載して県民に伝えること。例えばこの議員は,この市長は現在,15000人の署名を無視してますと伝えること。これでも彼らが動かないようなら次回の選挙で民意に問おうじゃないかとそういうことだ。

日本のレベル7,チェルノブイリを越える最大級の原発事故を受けて世界の国々も相次いで脱原発を掲げるようになった中でも張本人の日本だけが原発推進の道を突っ走っている。そこを外国人の方に指摘されるたびに日本人であることを恥ずかしく思ってしまう。

国や政治家や大企業(通販生活,城南信用金庫のような正しいことを貫く会社もある)はダメでも,私達国民は誇り高く生きようじゃないかと思う今日この頃なのであった。

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農家の友人のまだ小さな子ども達が書いてきた手書きの抗議イラスト。
放射線は体の小さい子ども達こそ影響が大きい。 もっと小さい魚や鳥や昆虫なら尚更だ。
そしてそれを食物連鎖の頂点に立つ人間が食べる。どうなるか想像してみてほしい。


▼当日のデモの様子が動画でアップされてました。(私達夫婦も結構写ってます)

12・11野田首相の地元船橋で反原発デモ - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=DCAbNK1mJYU&feature=related


12.11野田首相の地元・船橋で原発なくせデモ - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=yovtU7fRNhI&feature=youtu.be


船橋 脱原発デモの様子
 http://www.youtube.com/watch?v=_UFPI1IvQ5I&feature=endscreen&NR=1

2011年12月14日

クリスマス限定商品、販売開始しました☆

(こちらは去年のサンプルです。色あいは下の写真参照でおねがいします。)
すっかり御無沙汰しておりますっ!
そらいろ農園、嫁のゆき坊です。

この度、毎年恒例のクリスマス限定商品「もみの木石けん」の販売を開始致しました。
http://shop.yukiboulife.com

毎年楽しみにして下さっているリピーターも多いこの商品。
本物のもみの木から採れる香りを使用しているので、そのウッディーかつ清々しい森林の香りをお楽しみいただけます♪

原材料はオリーブオイル、ココナツオイル、パームオイル、シアバター、ホホバオイル、ネトルパウダー、E・Oシベリアモミ。重量は約90g。
そのまま肌に塗ってもシットリコックリとするアフリカ原産のシアバター配合のこの石けんは、
冬の乾燥するお肌にも最適です。

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それにしても、この「もみの木石けん」。今年は、・・・と言うか、今年も仕込みがギリギリになってしまい、解禁日がクリスマスイブになってしまいました。
商品お届け後は香りだけをまずは楽しんで頂き、ご使用はクリスマス以降に何卒よろしく御願い致しますm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m。

ちなみに、人気の「はちみつオートミールミルク石けん」と、「カレンデュラ石けん」、「シンプル石けん」もショップに同時にアップしました。
こちらはお届け後すぐにご使用いただけますので、もみの木石けん共々どうぞよろしく御願い致します。

ああ。。それにしても、言い訳なのだけど、子育てしながらの物作りってなかなかどうして難しい(>_<)。
私の要領が悪いのか、2才の息子が元気すぎるのか(笑)。
毎日の子育てを楽しみつつ、スクスクと育つ息子の成長も楽しみではありますが、
物作りにはなかなか集中できず、ジレンマな日々でございます。
来年はもっともっと、先手先手で、季節の石けんを仕込みたいと願う今日この頃です。

2011年12月13日

除草剤ラウンドアップと遺伝子操作組み替え食物について

こん○○わ。そらいろ農園のあべっちこと阿部健史でございます。
近年の「世界の食品生産における大きく間違ったうねり」を見ていると,言い過ぎではなく本当に恐ろしくなります。何とかこの流れを変えたいとつよく思うようになりました。

今の私は農業バカなので野菜づくりや食べ物づくりに関することなら覚えることや勉強が苦痛になりません。本当に良い状態だと思います。「記憶力が良い=頭が良い」とされていた学生時代には勉強する気が無かったのですが,もしタイムマシーンに乗れたとしたら当時の自分にこのことを言い聞かせてやりたいです。きっと喜ぶことでしょう。

そんなわけでこのブログにも私が本で読んだ内容や聞いたこと知ったことなどを,このブログに残しておこうと思います。読んで頂き,1人でも2人でも「へぇー」と思ってくれるとうれしいですが,書き残す行為については私の備忘録という意味合いが強いので調べた情報に間違いや追加情報があればご指摘頂けると助かります。書き残すこともまとめることも世間の目にさらすことも全て,勉強なのです。

さて今回は除草剤ラウンドアップと遺伝子組み換え食物のお話です。
では食わず嫌いせずに行ってみましょう。


まず「ラウンドアップレディ」とは米国モンサント社が開発した「遺伝子操作により除草剤に耐性をつけさせた農作物の総称」。このラウンドアップレディと除草剤(ラウンドアップ)をセットで畑に使えば,野菜にはダメージ無しで雑草だけが枯れ果てるという魔法のような話なのである。

そして魔法のような話などとは書いたのだけど,これは現実に起こっている現実だことだということを私たちは知らなくてはいけない。以下の公式サイトによると2011年12月現在,大豆,トウモロコシ菜種,綿などが商品化されている。

日本モンサント株式会社
http://www.monsanto.co.jp

モンサント社はベトナム戦争で使われた枯れ葉剤(※1)を開発した会社で,その戦争の負の遺産である除草剤を売り続けて急成長した世界的な大企業である。負の遺産という話ではアメリカが原爆の技術で原子炉を作り,原子爆弾を落とした日本に売りつけた話を思い出す。どこにでもこういう人の生き死に商売にする連中は居るのだね。

枯れ葉剤,ベトナム戦争と聞けば私と同じ30,40代の方なら結合双生児のベトちゃんドクちゃんを思い出すのではないか。彼ら(彼女)もまさに枯れ葉剤の被害に遭った2人なのである。本当に気の毒だ。

こんな会社が作ったとにかくよく効く枯れ葉剤。これを畑にかけるわけだが。
公式サイトでまたインパクトのある文章を見つけてしまった。

公式サイト下記リンク先より引用
>除草剤には、土壌にまく土壌処理型と茎や葉に散布する茎葉処理型の2種類がありますが、ラウンドアップは茎葉処理型の除草剤です。また、非選択性のためすべての雑草に効果を発揮します。

日本モンサント株式会社 除草剤耐性作物について
http://www.monsanto.co.jp/biotech/development/herbicide.html

「非選択性のため全ての雑草に効果を発揮する」とある。数え切れないほどある全ての雑草と野菜とを見分けるというのだ。ま

さに神様の領域。遺伝子操作はもう解明され尽くしたものなのだろうか。地球誕生以来45億年,私たちは地球上で生まれ育った物を食べてきた。それを考えると遺伝子操作の歴史はあまりに浅すぎる。

あとまだ気になることがある。
有機農法を目指す私は土壌の微生物や昆虫たちへの影響も気になる。除草剤をまかれたときに彼らは死滅したり減少したりしないだろうか。当然,影響がない訳がないと思うのが普通だ。

それに遺伝子組み換えされた自殺する種であるF1種(※2)を使った場合には,自家採種が出来ない。これによって何が起きるか。

まずこうなると毎回,種会社から毎年種を買わなくてはいけなくなる。そしてその種は除草剤が必須なので農薬もセットで買うことになる。この抜けられない無限ループこそが彼らのやりたいことなのである。

自家採種出来ないデメリットはお金がかかるだけではない。
育てた作物から種を採り,その種で作付けすれば前回(親)よりもその土地の風土や栽培方法に合ったものが育つ。生命の神秘とも言うべきとんでもない能力だ。信じられない方は親や子供の顔や特徴をよく見て欲しい。なんだかんだでそっくりなのである。黒人の肌が黄色いのも日本人の腸が長いのも代々少しずつ進化して環境に順応してきたからなのだ。

そして遺伝子組み換え種で楽に大量生産出来るということは,同じ物が大量生産されることに他ならない。こんなものを作る農家ばかりになれば,もしくはTPPで海外からこのようなものばかり大量に入ってくれば,京野菜のなどの日本古来の個性豊かなご当地野菜や固定種が市場から姿を消すことになっていくわけだ。それってさびしくない?


と書いてはみたものの,2011年現在,日本にある大手種会社の90%は既にモンサント社に買収済みと聞く。TPP協定への協議にも参加してしまった。ずっと前からもうシナリオは出来ていて大震災があろうがこの流れは変わらないのだ。今の政治家が全員居なくなるまで,いやいや貨幣経済至上主義を推し進める多くの人間が居る限り,変えられない流れなのだろう。

だから私たち生産者と消費者が日本の豊かな食べ物を守っていくしかない。
農家は自分の仕事に誇りを持ち,悪魔の誘惑に負けずに最高の物を作り続けて欲しい。除草は確かに大変だ。でもそんなに大変なら規模を小さくするか自然農にでも切り替えてみればいい。実現してる先輩達が数多く居るのだから絶対に無理とは言わせない。

消費者は自分が毎日口に入れる食べるものにもっと関心を持つべきだと思う。値段だけではなく産地や成分表示を見てどれを買うかをしっかりと選んで欲しい。100円のハンバーガー,250円の牛丼,10個で100円の卵がどうしてその値段に出来るのかを家族で話し合ってみてほしい。

毎日の食事が最高の楽しみなんて生活も悪くはない。


(※1)【参考資料】枯れ葉剤とは
枯葉作戦とは何だったのか
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/ippnw/defoliate.htm

(※2)【参考資料】F1種とは
「日本の畑でもモンサントの自殺種子で栽培させろ」 | カレイドスコープ
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-594.html

これも読んでみて下さい。ホラー映画よりもずっと怖いです。
悪魔のモンサント その1 - 東海アマのブログ - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/tokaiama/1327855.html

2011年11月16日

知れば知るほど里山っていいな

山を歩けばここそこかしこで植物に出会える。季節を感じられる。
山を歩けばここそこかしこで動物や植物に出会える。季節を感じられる。

こないだの日曜日,家族で千葉県長生郡一宮町の山にお散歩に出かけた。
千葉は11月中旬だというのにまだまだ温かくてぽかぽか陽気。
太陽の下だと上着は要らないくらい。本当,千葉県って温暖だよね。

田舎のありきたりな国道の風景が,ひょいと1つ曲がり急な坂道を登ると,ガラリと変わる。
目前に広がるのは平らな田畑と山。

大きすぎない畑は自家消費用だろう。家の横の空いてるスペースには柿の木が何本も植えられ,少し離れたところに竹林が育つ。そう,ここはいわゆる里山。田舎暮らしを夢見る人には憧れの存在だ。

里山に住む人達の暮らしぶりを見るのも楽しい。彼らのDIY作品や庭の柵の作り方などは今の私にとっては目の保養になる。私は六本木や渋谷の100坪よりもこっちの100坪の方がずっとうらやましい。

竹があれば野菜作りの支柱にすることが出来る。プラスチックや合成樹脂よりも弱いけど,燃やせば良く燃える燃料になるし,100%天然素材で土にかえる。つまりゴミにならない。もちろん柵にも目隠しにも使える。竹は和の雰囲気を出すにはうってつけの素材だ。

柿があれば旬の生柿として楽しめるし,さらせば干し柿にもなる。青いまま取って2年も待てば天然塗料の柿渋にもなる。買えば高いのよこれ。もっと有効利用すればいいのにそのままにしてある木が多くて残念。私が近くに住んでいたら声をかけるだろう。「見事な柿の木ですね~」と。

野生の木イチゴもあった。ジャムにしたら美味しそうだ。
写真はいろいろなものを楽しそうに見つけてくる母とどこにでも一緒に行こうとする2歳児。

私は食べられる食べ物にしか興味はないけど,例えばそちこちに生えてるツタはリースに使える。
乾燥した赤い実を飾っても可愛い。ここに居ればお金やガソリンをつかってお店まで行って材料を
買う必要は無い。季節季節で採れるもので作ったらいい。そのほうがまた季節感が出て素敵にもなる。

今回も奧さんは母から植物のことをいろいろ聞いて勉強になったみたい。これもリースで使えるだの,これはかぶれるから駄目だのね。奧さんも何度か作ったことがあるのでリース情報には興味津々。田舎暮らしを始めてからのクリスマスが楽しみだ。


奧さんが気に入ってたキク科の白い花。山野草の花は小さくて可愛い

奧さんが気に入ってたキク科の白い花。山野草の花は小さくて可愛い。


リンドウの花。食べられない花に興味はないけど綺麗だとは思う

リンドウの花。誰かの手で改編されてない自然本来の美しさがある。

もちろん,里山は子供の遊び場としても最適だ。
今日は朝5時に起きて眠いはずの息子(2歳7ヶ月)も元気に走る走る。

てんぐのはうちわ(八手)を見つけて「みて,おっきいて!」と驚く息子。

てんぐのはうちわ(八手)を見つけて「みて,おっきいて!」と驚く息子。

大好きなキノコの野生種を見つけてつんつんしたり,大きなカマキリがたくさん居たり。
体長70cmほどの小さな蛇も息子が一番に見つけた。


外でみんなで食べるとなんばいも美味しいから不思議

女性陣が作っていたお弁当でかんたんにお昼ご飯。
外でみんなで食べるとなんばいも美味しいから不思議。

お散歩ついでに私は枝を煮炊きに利用出来るロケットストーブ用の桜の枝を拾ってきた。都会では,というか日本中どこでも2011年現在では折れた枝などは邪魔なゴミでしかない。拾って帰ればむしろ喜んでもらえる。こっちとしては小枝1本でも2本でも拾ってでも帰りたいものなのに。不思議だ。

今日も収穫がいっぱい。笑顔がいっぱい。ショッピングに出かけるよりもずっと楽しい。
人は里山近くに住むべきだ。もっと里山を利用するべきだ。

2011年11月7日

乳搾りを体験したくて千葉県富津市のマザー牧場へ

東電が「原爆炉」の再臨海を今になって認めただとか,野田政権がTPP交渉に参加だとか,この国の政治家の人類を滅ぼす勢いのダメぶりが身に染みる日々が続いております。こんな状態を信念と命を燃やして時代を切り開いてきた祖先達が見たら悲しむでしょう。

でも今回はそんな怒りと悲しみに満ちた話題はひとまず置いて,息抜きを。
そんなわけで先日,千葉県は富津のマザー牧場へ行ったときのお話をさせて下さい。


天気の良い先週の水曜日,ちょっとご近所までと行く当ても決まらないまま家族で家を飛び出し,そのままの勢いで80km離れた富津市のマザー牧場へ向かっていた。うちはいつもこうなのだ。

普通に動物を見に行くだけなら近場の市川市動植物園でも千葉動物公園でも良かった。しかし私には牛の乳搾りがしたいという目的があった。移住してからヤギ飼いになるためにどうしても早いうちに乳搾りを経験しておきたかったのだ。


▼私が山羊を飼いたい理由
始めにどうして私がヤギを飼いたいと思ったかを話しておこうと思う。実は理由は単純で,田舎暮らし情報を集めてるときに読んだ「それ系の本」にはことごとくヤギが登場していて彼らと共生している生活の豊かさとヤギさんの可愛くさに引きつけられたからだった。
(牛の乳搾り会場までの道中でヤギに枯れた草をあげる息子)
それに加えて有機農法での堆肥の自給も視野に入れたとき,勉強すればするほど私のこれからの生き方にはいろいろな動物の助けが必要不可欠であることも分かった。こうしていつしか私はニワトリとヤギは是非とも飼いたいと思うようになったのであった。

鶏はとても優秀な生き物だけど,ヤギさんしか出来ないことだってある。例えば剪定した太い枝ですら食べてくれる。鶏は狩った草しか食わないがヤギは生えたままの雑草も食べてくれる。なにより交配させれば貴重な山羊ミルクを出してくれる。ほ乳類で癒しキャラで可愛いしね。

ほらほら,貴方も飼いたくなってきたでしょう?


▼牛の乳搾りだけはやりたい!…でも
マザー牧場には13時に到着したのだけど,楽しみにしていた牛の乳搾りの最終回が13:30~ということが分かって焦った。お昼時でお腹は減っていたけど,ここで食事を取れば,広いマザー牧場だ,2歳児も居るので乳搾りの会場に間に合わなくなる可能性が出てくる。(実際,乳搾り会場へは歩いて15分はかかった)

奧さんに乳搾りだけは体験したいと伝えても「んー,まずはご飯かな」と話を聞かない。どうでも良い話なのだけど,私のワイフは腹が空くと機嫌が悪くなるお方である。それでなくてもうちでの私の立場は他人が聞いたら胸が締め付けられるほど貧弱で,私の要望が通ることはまずない。

今回も結局「でもまずはご飯かな」と食べ物屋しか探さない奧さんに負けてレストランに入った。ならば速攻で食べ終わってダッシュで行ってやろうと私は観念した。…難しいだろうけど。

しかし奇跡は起きた。私がレジに居た店員さんに「クレジットカードは使えますよね?」と聞いたとき,「現金だけなんです」と返ってきたのだ。ここで私の脳みそはフル回転した。本当は右ポケットに現金はあったのだけど(私はひったくり対策で財布に大金は入れない),財布に400円しかないフリをし,「えー!なんて残念だろう!」と店を出たのである。

これにがっかりしたのは奧さん。その分かりやすく落ち込んだ表情は目も当てられなかった。始めて私の給料を知ったときくらいのがっかりぶりである。

財布の400円で買える食材と持って来た柿の種をみんなで食べててもまだ苦笑いをしてたので,そんな奧さんを励ますためにごめんねと心で思いつつ,「だって仕方ないだろう!」と逆ギレした。

とまぁ,それだけ乳搾りがしたかったというそれだけの話である。
(ちなみに乳搾り後に奥さんには後でネタばらしをして,ご機嫌を取った。)


▼いよいよ牛の乳搾り体験!
そんなわけでヤギならぬ牛の乳搾り会場へ到着。

小学生達が学年レベルで来ていて自由行動だったので牛の前は長蛇の列だと思っていたのだけど…あれれ,意外に人が居ない。待ち時間0分。ありがたいと思う反面,やはり今の子どもは食に興味が無いのかなとも思ってしまった。



(乳搾りをしながらインストラクターの方にコツを聞く私)
1つの乳首を2回も絞るともう出なくなる。若い女性のインストラクターの方がこっちを絞ってみて下さいとアドバイスをしてくれた乳首を絞るとピューと出る。何が違うのか私が見ても分からない。なんとも悔しい。

変な話,人間の男は女性のおっぱいが大好きで,思春期ともなれば24時間のうち3時間はおっぱいのことを真剣に考えている。いや本当に。海沿いにボロボロのエロ本が落ちてたら拾ってきてアイロンがけしてでも見たり,ベッドの下やパソコンの奥の真面目な名前のフォルダに隠してまで見てるんだから。それなのにいざというときにどの乳首からミルクが出そうかすら分からないなんて…面目ない話だ。

ちなみに牛のおっぱいは4つあった。てっきりヤギも4つだと思ったのだけど,帰宅後に調べてみたらヤギは2つだそうで。2つなら交互に搾れば迷うことがない。少し安心した。

手先が器用な奧さんもチャレンジ。私よりもマシなものの,それでも映像で見てたあんな感じでは出ない。ビューーー,ビューーって感じね。あれにならない。

いやー,良かった。これを今すぐに飲みたいところだけど,今のご時世,病原菌に弱いクリーンな人も多いのでそれも出来ないのだろう。残念だ。

ともあれ今日はあの感触を体験出来て良かった。そして搾られてるときの牛のおとなしいこと。
本では知っていたけどあれは本当だったらしい。良い経験が出来た。
 
移住してからヤギさんをどうやって手に入れてどんな小屋を建てて,どうやって交配させるか,
オスが生まれたらどうするかなどはまだまだ未定。だけど想いは膨らむばかり。

その日を夢見て,私達は今日も北海道産牛乳をありがたく飲むのであった。

(牛さんにいいこいいこをさせてもらってる親子)

(記念撮影。牛さんはやっぱり大きくて息子は強がってもやっぱり怖い)
(こちらは肉食用に改良されたヤギさん。犬みたいで可愛い!)

2011年11月3日

4月からのそらいろ農園の野菜作りについて

夏に毎朝食べてた夏野菜のバジルトースト。ほんとうに美味しかった。
この記事をアップさせてもらった時点で長野移住まであと149日!
さて,今回は4月からようやく本格的に始められる,私のこだわり野菜,またの名を
「理想ばかり並べて本当に出来るのか本人もドキドキ野菜」について書かせてください。


そらいろ農園の今後のやり方や経営理念なども書くメモ的なものなので,かなり長くなります。
それなので今回は興味のない方は読まなくても結構だと思います。(コラー)

▼使う種について
作り始めは無理でもなるべく自家採種して購入するF1種は減らしていく。
なるべく長野で昔からある固定種,在来種を探して育ててみる。
(しかし,意外に農協に行ってもそういう類の物は無いから困る…)

その野菜の旬を大切にする。季節外れの物は作らない。
(ただし,鶏糞の発酵熱や太陽光などによるパーマカルチャー施設が充実してきたら
そのエネルギーを無駄にしないためにも何か作って見るも面白い)


▼害虫対策について
害虫駆除に農薬は使わない。化学農薬はもちろん,牛乳など安心な類の農薬も使う予定は無い。
そしてそれをこうして公言することでそれを確実にしておく。それだけ使いたくないのだ。

「家族が安心して皮や葉っぱまで食べられる食べ物を作る」ことは私の人生の目標。
私の信じるいちばん大切な部分だ。誰になんと言われようともここだけは譲れない。
とうもろこしの株に1匹ずつ居らっしゃったカマキリ。冗談抜きで本当に1匹ずつ居た。
動画で撮れば良かった。1匹1本が縄張りなのかな。

よく「農業をやるには農薬は必要」だとか情けないことを言う方が少なからず居て,
そしてそういう人ほど声が大きかったりするのだけど,それは違うと思ってる。
なにせ世の中には知恵と努力で無農薬野菜を作っている先人が居られるから。
使わないなら使わないに越したことはない。

農薬や化成肥料を使いたく無い理由を具体的に書き始めるとTPPやモンサント社など
政治的な問題も絡んでくるし,私も触ると火傷するほどにヒートアップして長くなるので,
そこは次回に語らせて貰えたらと思う。

除菌や殺虫剤の類ではなく,ヨモギの発酵エキスなどは葉面にスプレーしてみたいと思う。
発酵こそ,これまで大切に受け継がれてきた日本人最高峰の知恵であり,昔ながらの
野菜作りの手助けをしてくれるものだと思っている。


▼施肥と土作りについて
土は耕さないので堆肥も肥料分も地上への施肥となる。
与えるのは生活の循環の中で自給できるものだけにしたい。

●使う予定の肥料や資材
・台所から出たEM生ゴミ,またはミミズコンポストゴミ(ご近所様からのお裾分け大歓迎!)
・毎日のお米のとぎ汁は発酵させて土に散布する。
・鶏たちが作ってくれる発酵鶏糞(与えるタイミングを見極める必要がある)
・薪やロケットストーブで毎日出る灰(アルカリ性を求めるものにだけ使用)
・近所の落ち葉で作った堆肥(未熟な場合は冬の雪が降る前,完熟は2月位に)

ポイントは全てを発酵させてから使うこと。そして土の植えに蒔くことにより,
スピードはゆっくりなれど,じっくりと確実に分解されてから植物の根本へ届くということ。
将来的にはトイレコンポストを作って人糞や犬糞なども発酵させて利用していきたい。

草を残したことで地中の生物も増えた。ここそこを掘れば太いミミズにすぐ出会える。
モグラの通った穴もたくさん見つけられた。これはミミズが増えてきた証拠だ。
ミミズは地上に近い部分の有機物を積極的に食べてくれ,地中へ運んでくれるし,
その糞尿は土壌を健康的にアルカリ性に保ってくれるのだ。


▼雑草対策について
雑草はなるべく狩らない,極力抜かない。
畝の周りが歩きづらい場合,作物が負けそうな場合は刈り取り,その辺りに敷く。
種まきや苗植えのときに邪魔になる場合は根から抜く。

雑草は生き物たちの住処になる。根は土を豊かにしてくれる。
少しずつ雑草なども多種多様な品種になるように工夫をしていきたい。


▼収穫量について
これが私の農法の最大の課題だろう。
この夏の収穫量は最低だった。これでは話にならない。
9月19日の最期の収穫

肥料や資料を自給できるようになってきて土が出来てくれば,収穫量は増えていく。
抗生物質とストレスまみれの鶏が出した鶏糞ではなく,私自身が平飼いで自然に
育てた安心安全な発酵鶏糞で畑が埋め尽くされれば。これには2年はかかるか。

嬉しいことに私のようなやり方は近代農法のように大成功はしないことと引き替えに,
近代農法のような大失敗(害虫大発生,病気蔓延)もしないのだ。
他から見れば貧乏なりとも,家族が笑顔で自給生活をしていける位には上げていきたい。


▼販売と宣伝方法について
満足に作れるようになり,これを他で買わなければ月2万~3万円の収入と同じ事になる。
なにせ都会で買えば2,3倍は高くて田舎では目にする機会も少ない有機無農薬野菜だ。

しかも私は有機野菜協会が認めている「場合によっては化成肥料を使って良い」や
「会が認めた数十種類の農薬なら使っても良い」という曖昧さも使わない。

でもこれも売れなければ生きてはいけない。
宣伝の方法として地域のイベントに積極的に参加して知って貰う,家でも販売する,
ネットショップも満足のいくデザインにする,常連の方にはサービスも考える,
ブログの更新回数を上げて私達の生き方を知って貰う,などを考えている。



以上,偉そうに理想ばかり並べて…と思うかもしれない。
だけどこんな遺伝子操作や農薬や抗生物質まみれの食べ物ばかりが並ぶ時代だからこそ,
利益よりもまずは理想を追う農家が居ても良いと私は思う。(でないとバランスと取れない)

私にとっては人生すべてをかけたこの挑戦が成功するかどうかを応援してもらえたら嬉しい。
日本には私と同じ考えの方も少なからず居ることも知っているので,私はその方達と
一緒にこれからの人生をゆっくりとしっかりと歩んでいきたい。

壁にぶち当たることは多いと思うし,妥協しなければいけないこともあるだろう。
でもその時には正直に発表して行こうと思う。とにかく嘘だけはつきたくないし,
正直にさえやっていけばいつか認めて貰えるとも思ってる。

あと149日。移住したら目がまわるくらい,忙しくなる。
農作業をして,かまどを作って,鶏小屋を作って鶏を飼って,家の掃除をして,
薪ストーブを導入して,出来るだけ電気ガスを使わないように調理して,
子どもともいっぱい遊んで,毎日使う薪を作って,果樹の世話をして,
パーマカルチャー的な物もどんどん取り入れたい。もう止まらない。

だから今は,4月までに出来ることをやっておこう。
今だから出来ることだって探せばたくさんあるはずだから。


余談だけど…。
どんな苦難にも耐えられると信じてるけど,放射線汚染だけは無理だ。
腹の中の子のDNAまで変形させるあの汚染だけは根性で絶えられるものじゃないからだ。

だからもし今度は新潟にある世界最大の原発で事故が起きて長野が汚染されたら私達は逃げる。
例えそこに数十年かけて作った私達の楽園が出来ていても…泣きながらでも,逃げる。

2011年10月19日

2011年夏,長野の古民家でやったこと

2011年8月12日,古民家にあった桶で水遊びする息子。
かなり遅くなってしまったけどこの夏に私たちが長野の家で行った作業を書いておこうと思う。

もっといろいろ出来るかと思ったけどなにせ素人,仕事が遅くてごめんなさい。
あの山の中に居ると急ぐ気が無くなっちゃう。だからゆっくり楽しんで作業してた。

あとは住み始めてからになるだろう。住み出せば全てがぐるぐる回り出す。
この記事を書いている時点で移住まであと164日。その日を家族で夢見てる。

今回,私は初めて,終の棲家になるこの家と正面から向き合うことが出来たと思う。

今まで見て見ぬふりをしてきた見たくない部分もちゃんと見た。
屋根に登り床下に入り,お隣さんにも言いづらいことも連絡して直して貰った。

修理や増築をいつまでも人任せでやってたらしてたら成長することは出来ない。
出来ないと思っても出来るところまででも,自分たちでやってみることが大事だ。
愛着という意味でも節約の意味でも楽しみという意味でも。

私の人生あと50年をこの家としっかりと生きていきたい。

※詳細な内容は2011年8月の日記を見て頂けたらと思う。

2011年8月の日記
http://ta.yukiboulife.com/nikki/2011/201108.html


※あと,はるばる千葉から手伝いに来てくれた友人達に感謝したい。
彼らとは原発を無くしたい子供を守りたいという意識や価値観も合う。
今の私には貴重な「刺激し会える仲間」だ。本当にありがとう。


●DIY部門
・第二の部屋の床に断熱材を張り,畳からフローリングに
・お風呂上の屋根に波板を張り,瓦を直し,3重のシートを除去
・台所の壁の補修と一部に断熱材入れ
・台所の床の一部の補修と一部に断熱材入れ
・台所の排水溝のホースを変え,排水トラップを仕掛けた
・台所の排水溝をネズミ対策として鉄板でふさいだ(友人)
・台所の汚い机にサンダーをかけて柿渋を塗って設置した。
・台所の水道管の凍結対策をした(友人)
・台所通路の床に柿渋で色を塗った(友人)
・手洗い場の床をジャッキで上げた
・手洗い場の部屋の壁に断熱材入れ
・手洗い場の床に断熱材入れ
・手洗い場の排水溝のホースを新設し,排水トラップを仕掛けた
・手洗い場のタイル容器の隙間をパテでで補修した
・手洗い場の水道管の凍結対策をした(友人)
・石けん部屋のいろりを板で埋めた
・各所のネズミの空けた穴を布や鉄板で埋めた
・ロケットストーブを新たにつくって調理した
・勝手口に鍵をつけた


●暮らし部門
・3m級のよしずを購入,玄関と縁側にセット
・EMぼかしで家から出る殆どの生ゴミを処理し,畑に戻した
・牛乳パック,食品トレイ,ペットボトルの回収場所をチェック
・自家製の梅で梅干しを仕込んだ
・収穫したトマトでトマトソースをいっぱい作った

●農業部門
・雑草を生やした状態での野菜の栽培を試みた
・他の方が作られた自然農野菜の味を試食させてもらった
・野菜の発送,宅配を初体験した
・EMボカシでつくった生ゴミ堆肥を投入した。

★今回体得した技術
・床への断熱材の張り方断熱材の切り方
・波板の設置方法
・かんなの正しい使い方と刃の研ぎ方
・ジャッキで家を持ち上げる方法
・ナタの使い方(木の繊維や木目の見極め)
・段ボールと木材の燃え方や火の持ちの違い
・古い瓦の並べ方
・天然塗料柿渋の色合い,使い方

重くて使いづらい斧で薪割りしたり。。(この後壊れた)
第2の部屋。断熱材を張り,畳からフローリングへ。
流し台スペース。流し台はタイルの物に変える予定。
我が古民家最高のボロスペース。瓦を敷き直して応急処置。

川原で友人とバーベキューしたりお茶したり,釣れない釣りをしたり。

2011年10月16日

親から子へ伝えていくもの

そらいろ農園のあべっちです。
いやー,書けません。書きたいことはたくさんあるのに全然,書けませんでした。

311の原発事故以来,やっぱり気持ちが沈んでるわけです。


 ちなみに嫁さんも自身のブログの記事をもう3ヶ月以上書けてません。
ひねくれた私は以前からテレビなどのメディアが嘘やプロガバンダばかりなのを知っていましたが,
素直な彼女は今回,それを身を持って体感したわけでそのショックは大きかったのでしょう。


願うは日本が,世界全体が,脱原発の正しい方向へ進むこと。それだけです。地球と地球上の生物たちが1年でも長く持つように出来る限りの行動はしていこうと思ってます。

さて今回は先日,長野の家に水くみと夏野菜の撤収作業をしに行ったときの話です。


10月の始め。
ちょうど休みが重なったとのことで母と姉も遊びに来てくれることになった。

うちの母は「この人なら山に置いていっても生きていける」と誰もが言うほどの山好きだ。
週末はもちろん、暇を見つけては車を止めて山道に入る。旅行やハイキングに行く目的は森や林。

彼女の房総の実家の庭は地面はもちろん壁も鉢植えも数え切れない山野草で埋めつくされている。
自然豊かな村なので他にも自然はあるだろうにメジロの夫婦はこの小さな庭に毎日やってくる。

そんな母とみんなで散歩に行くことになった。
母は2歳のわが子はおばあちゃんにだっこされてうれしそう。
おばあちゃん身長153cm,2才半の息子105cmで17kg。…重いでしょ。

秋も深まってきた10月初めということで沿道には見事な枯れススキが群生していた。
これをパキッと長く折り取って息子に渡す母。すぐに剣のように振り回して遊ぶ息子。


ススキを折り取る母と渡されたススキで母を突く2才の息子…

それを見て私もススキを手に取って、ポキっと……あれれ、茎がねじれてしまった。
・・・では、ねこじゃらしのようにスポッと抜けるタイプなのか・・・うーん、抜けない。

母は片手で簡単に採っていた様子だったのに。
結局、両手で茎をねじってねじってねじり切った。切り口がひどいささくれになって汚い。

その様子を見ていた母が私を呼び、
「見て。ススキは上から見ていくと・・・ほら、節があるでしょ。
この節の真上で折り取るの。こうやってね。」
と実演して教えてくれた。

やってみると・・・あら本当!節の真上だとポキッと折り取れる。
すごいやすごいと感動する私たち夫婦に「こんなの誰でも知ってるよ~」と母。
いやいやいやいや、私たちの周りでは数えるほども居ないって。

お月見の時にはススキを採りにくることもあるだろうし、似た植物でも使えるかもしれない。
田舎暮らしの技をどんどん身に着けたい私たちには宝物であることは間違いない。

そこで思ったのだけど、こういう技を親は子供に積極的に伝えて欲しいと思う。
今の時代はネットで料理のレシピでも保存食の作り方でも分かるからと敬遠してないだろうか。
もっと胸を張って教えていいと思うし、子供たちはそれをありがたく吸収するべきだ。

味噌作りや梅干作り、野菜作りに家の直し方など、先祖代々、その地域ごとに家庭ごとに、
大切にわが子へと伝えてきたからこそ今の豊かな生活があるのだ。
親から子へ伝えられていく技はシンプルだけど誇り高くて一生使える大切なものだ。
ほらお金出してわざわざ遠くの料理教室に通ってるあなた、近くに良い先生が居ないかい?

もちろん教わる中には農薬は安全とかデモは駄目などの古臭くて間違ってることもあるかもしれない。
だけど生き物は親の良かったところをさらに伸ばして命を繋げていくものなのだ。
悪いところは捨ててもいいし変えてもいいのだから。そして自分の中に取り入れた知恵や技術を
今度は自分の子供や近所の子供たちに分かるまで教えてあげよう。

考えてみるとおばあちゃんと3世帯で住むのが当たり前の時代にはこういう技術のやりとりは
日常的に出来たのだと思う。だけど離れて住んで電話のやりとりや年に何回か会う生活になり、
教えてもらえるチャンスが少なくなったのではないだろうか。

ほら「お母さん、今度○○の作り方教えて」「親父、雨どいってどうやって直すの?」と
恥ずかしがらずに聞いてみよう。きっとすこし嬉しそうに「あ~、あれはね・・・」と答えてくれるはずだ。


17時のサイレンの音で2歳児を踊らせようとする愉快な家族達。

2011年9月6日

フウセンカズラから自家採種の大切さを知る

(2011/09/06撮影。これが一体,何の種か分かりますでしょうか?)

夜中になっても30度。…多少,寝不足気味のあべっちです。
実は左のメニューの私の挨拶文に「長野移住までの日数」がカウントダウンされてます。
この記事を書いてる時点で長野移住まであと208日。もう待ち遠しくて仕方有りません。

もし「一気に2012年4月1日になるボタン」があったら…思わずのどなどの穴から手が
出てきて押してしまいそうですが押しません。そんなことをしたら今一番可愛い時期の息子との
7ヶ月が消えてしまいますもんね。我慢我慢~。指折り数えて気長に待つとします。

今回はそんな生活の中で癒しをくれているフウセンカズラのお話です。

さて,今年もフウセンカズラが西日の当たるせっけん部屋の窓ガラスを覆い尽くしてくれた。
そう,冒頭の可愛い色かたちの種はフウセンカズラの種だったのである。

私はグリーンカーテンが好きだ。ガラス越しだと透明感があって綺麗だし,
窓を開ければ爽快感がある。なんだろう,目が落ち着くというか安心するというか。
小さなミツバチ達が小さな花を探し出して花粉集めを楽しんでる姿はほほえましい。
きまぐれで大きなハチもブブーンと飛んでのでそのときはびっくらぶっこくのだけども。

このフウセンカズラは2年前に母親が「種がミッキーマウスみたいで可愛いよ」と
採種して食べ物と一緒に送ってくれたものだ。

私は幼い頃から家族とか兄弟とか血のつながりに感動していたところがあった。
なので家族からのもらい物などは別れたら捨てなくてはいけない彼女からのプレゼントよりも
実は大事にしていたのは内緒だ。

だから「母が自分の庭で育てたフウセンカズラの種」はとても嬉しかった。
保存状態も良かったようで,2009年当時で,ちゃんと発芽してグリーンカーテンが出来た。

(2009年8月27日撮影。同じ石けん部屋の窓。何気なく窓に写ってる。)

だけどこの時はまだここの土に慣れてなかったようで,夏の終わりになんとかガラスの
てっぺんまで届いたという感じだったのだ。

それからは毎年植えて採種し続けた。
そうすることでそこの土や環境に適応していき,成長が良くなっていく。

(2011年9月4日撮影。千葉の強い日差しを遮るにはこのくらいがちょうど良いと思う。)

そして2011年はこんな感じ。屋根まで届いてUターンしてる。すごい勢いだ。
生命力にあふれた,強くて綺麗なフウセンカズラになった。

この親から採れる子供(種)はこれと同じかこれ以上の大きさになるだろう。
数年越しの体験で,身をもって植物の自家採種のパワーを確信することができた。

黒人達が黒いのは強い日差しから体を守る為に代々少しずつ進化してきた証だ。
生き物が我が子へ伝えたいことは,しっかりと子供に伝わってる。
自家採種は生き物にとってとても重要な仕組みなんだ。

だから私は「自家採種を禁止して遺伝子組み換え種を使わせる流れ」に猛反対している。
信じられないだろうけど,アメリカではもうそういう流れになっているし,アメリカの犬である
我が日本もほとんどの種会社は海外の企業に買収されてしまった。

利権のために他の生命の遺伝子を操作してはいけない。
それは今の技術では処理出来ない原発から出る放射性廃棄物のようなものだ。
御用学者ばかりの人間ごときに管理出来るわけがないのだ。

今までは無かったような変な病気が広まったり,害虫が大量発生したりするだろう。 それを防ぐためにまた新たな農薬を作るのだろう。新たな遺伝子操作をするのだろう。

便利や楽を選び続けて,生き物が本来持ってる至高の能力すら奪って何になるだろう。
結局は金が欲しいだけなんだ。金を手に入れる為なら「原発はクリーンなエネルギー」とか
「CO2が地球温暖化の原因」とか平気で世界を巻き込んだ大嘘をつく。

私と私の家族は息絶えるその日まで自家採種をして生きよう。そんなことを風にゆれるフウセンカズラに誓う。

ほら今年もまた秋が近づいてきた。茶色くなったフウセンカズラから種を採ろう。

(2011/09/04日撮影。なんだか可愛くてほおずきと見間違えて食べてしまいそう)

2011年9月3日

だから両親様,どうか心配しないで。

desc
(窓際に竹竿をかけてものほしスペースを作る私(8月23日撮影))

「来年から脱サラして田舎暮らしして農業で食っていく」。

そう友達に話せば「面白そうじゃん,今度遊びに行くよ」と気楽に言ってくれるのだが,
親としては心配するのは当然だと思う。それが借金して買った古民家が実は屋根も床も
腐っててボロボロだったと聞けば尚更心配してしまうだろう。

苦労は出来るだけして欲しく無い,苦労のない人生を歩いて欲しい。
それが親世代が考える幸せのカタチなのだと思う。

お金はあればあるほど幸せで,貧乏だと不幸せだ。
お買い物とたまの外食が楽しみだけど,将来の夢は新築のマイホームだから
100円均一に囲まれた生活をしながら,毎日の食事もおろそかに節約生活をしてる。
定年したら思いっきり遊ぼうと心に決めて,人生の半分以上を会社の中で過ごしている。

私自身も5年くらい前までは正にこの状態だった。
お金が無い貧乏生活を工夫して楽しもうとはしていたものの,結婚資金にマイホームの頭金,
子供を大学まで進学させるお金など,ゴールの見えないお金稼ぎの生活に疲れ始めていた。
でも止まることは出来なかった。止まることは現代社会では許されないからだ。

だけど私の価値観が一転する事件が起きた。
数年前,新宿の小さなプログラミングの会社で働いていたときの話だ。

当時,私は千葉県市川市のマンションで1人暮らしをしていた。
プログラムの仕事は楽しかったのだけどバグでも出ようものなら,土日返上の残業は当たり前。
カプセルホテルに寝泊まりする日々も多く,52時間連続勤務という自己ベスト記録も作った。
あるときは残業時間が300時間を超えた壮絶な月が半年間続いた。

ストレスで眠れなくなったときは友人から睡眠薬を貰ったりして難をしのいだ。
夜,寝ているときに突然,歯を食いしばった状態でアゴが金縛りになり,
歯が折れそうになったことが何回もあった。この状態になると両手を歯の間からねじ込んで,
噛ませて歯が折れるのを回避した。これ,信じられないだろうが本当に本当の話だ。

そんな日が続いて血尿も出だしたある日,私は信じられないような行動に出ていた。

朝,いつも通りスーツに着替えて玄関を出たものの,足が最寄りの駅には向かわなかった。
町を一周して家に戻った私は電気もつけずにうす暗い部屋でボーっとしていた。
会社に休みの連絡もしない。携帯電話の電源も切った。

午後になってからだったか,玄関のピンポンが鳴った。
のぞき穴から見てみると母と姉,そして会社の社長と副社長の姿があった。

この間,阿部と連絡がつかないと会社では騒いでいたらしい。
どうして母と姉を呼んだかは意味不明だったのだけど,母は泣いており,心配をかけたと
心の底から反省した。

あとで思うと間違い無く私はノイローゼでありうつ状態だったのだと思う。
「男はお金を稼げ,不景気だから辞めれば雇って貰えない」などの教育を受けていた私は,
我慢して出社してストレスを受け続けていたのだけど,そんなのは私の勝手だ。

可哀相なのは付き合わされる体の方だった。血尿まで出して教えてくれていたのに。
あの日私の体は人間らしく生きるために心に呼びかけ,会社に行くことを辞めさせたのだ。

その会社はそれから半年くらい無難に勤め上げたあと,辞めさせてもらった。
幸運にもその後はすばらしい会社に恵まれて,給料もアップし,順風満帆な感じだった。
だけどずっと胸の中で「本当は何がしたいのだろう」という思いは消えなかった。

あの頃に比べると私は身も心も健康的になった。
まず1番に自分の体の声を聞くようになった。そのおかげで風邪を引きそうなときは事前に
対処できるようになったし,夜はぐっすり眠れるようにもなった。
そして今,私は無農薬の野菜を作って生きることを決断し,夢に向かって走っている。

ほら,そう考えると,どっちの道を進んだ方が心配だっただろう。
駄目な平凡サラリーマンとして貯まらないお金を追い続けてストレスで体を痛める生活と,
収入は低くて苦難が多くても,毎日体をいっぱい動かしてぐっすり眠れる生活は。

だから両親様,どうか心配しないで。
私達は生まれてきたことに感謝してしっかりと毎日を生きるから。
例えお金がなくても苦労ばかりでも,毎日の食事に感謝して生きるから。



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(奥さんが作ってくれた昨日の(9月2日(金))のお弁当)

2011年8月27日

2011年長野古民家再生の途中報告

この夏は一生懸命古民家を再生してます。うーん,古民家再生なんて大げさかな。
まったくのド素人なのでできることは少ないのですがやれることからやってます。

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(部屋を畳からフローリングにして床に断熱材を張る作業。何から何まで初体験で時間がかかる…)

desc
(タイル張りのやたら重いシンク。パテを初使用。これが使えるようになるのか。)


(排水の漏水で穴が空いてしまった台所の壁を修復中。土壁もボロボロ…)

というわけでこの1ヶ月,ブログを更新する暇がぜんぜんありませんでした。
目が回るほど忙しかったというわけではないのですが他にやりたいことがたくさんあったのです。
古民家再生の作業はもちろん,農作業や毎日の食事などが最高に楽しかったです。

長野での田舎暮らしでや毎日のDIY,そして農作業で発見したことなど書き残したいことがたくさん
ありますが,これらは千葉に帰って落ち着いてから書こうと想います。

私に残された夏はもう数日しかありませんができる限りやろうと思います。
屋根だけは直して帰らないと!ガルバンゾ。

2011年7月16日

安心な果物を皮ごと食べたいから果樹も作ります

7月13日に私がロケットストーブで調理した料理。自家製野菜がいっぱい♪

あべっちです。
突然ですが私,果物が大好きです。
しんじられないかもしれませんがお寿司やサーロインステーキよりも好きでして。
そんなわけで今回はどうして私が「果物を作りたいと思ったか」の話をさせてください。


「りんごは皮と実の間に栄養がたっぷりあっておいしいんだよ」

親にそう教えてもらったときから,私は林檎の皮を剥かないで食べるようになった。
皮ごとたべることで歯も鍛えられるような気がしたし,皮を剥く手間も無い。
また,包丁の匂いがうつることもないし皮の処理にも困ることがないし,
なにより無駄が無くて美味しかったからだ。


子供時代を通じて親がいつでもバスケットに果物を買いそろえていてくれていたので,
私はずっと,果物はお菓子よりも安いと勘違いしていた。
オレンジやみかんなら1日5個,林檎や青リンゴなら2つ,西瓜なら半分食べた。
冗談抜きで,これを毎日続けていた。 今思えば家計を圧迫していたと思う。

時が経ち,1人暮らしを始める18歳頃になるとまた新たな情報が入ってきた。
果物の皮には農薬がしっかりと降りかかっているのでなるべく食べない方が良い。

これまで信じていた情報と真逆。でも今はそういう時代なのか,と納得した。
こうして皮ごと食べるという私の素敵な習慣は農薬使用の事実を知ることで終わった。

その後,1人暮らしを10年間続けたのだけど果物を食べる機会は減っていった。
見た目が綺麗でぴかぴか光っているのを見るとそれが農薬に見えて仕方なかったのだ。

更に時は経ち,何度か恋愛を経験して後,ワイフであるゆき坊さんと一緒になった。
食費を月2人で2万円と決めたことで外食は出来ないけど自然と手料理の数が増えた。

食べ物を無駄にしたくない,長く美味しく食べたい。
そんな生活の中で奧さんがよく作ってくれる有効な保存食がジャムだった。


左:苺ジャム 真ん中:オレンジのジャム 右:プルーンジャム
苺,プルーン,いちぢく…季節によっていろんな色のジャムの瓶詰めが並ぶ。
この中でとりわけ私が気に入ったのはオレンジやキンカンなどの柑橘類のジャムだった。


柑橘類のジャムは少しの手間ひまをかけることで皮も柔らかくなる。
皮ごとだから贅沢で,美しくて,そして美味しい。
太陽のような黄色い色,合成の香りとは全く違う自然な香りがあり,
得体の知れない添加物が一切入ってない気持ちよさ。だって手作りだもの。



このジャムを焼いてくれた丸パンにつけて食べる。おいしい!



…しかし,私はここで気が付いてしまった。気が付くと聞かずには居られない。

「このオレンジ,オーガニック(無農薬)だった?」

奧さんの答えはNO。農薬をしっかり使ったオレンジだった。。
オーガニックも探せば無いこともないけど,まず見つからないし食費2万円では買えないと。
…確かにその通りだ。うちの食費では1つ200円のオレンジには手が届かない。

皮まで食べる林檎とは違い,皮を食べない果物の皮の部分への農薬の使用量は半端じゃない。
そこへの農家の人の意識は当然ながら低いだろう。

ゆき坊さんが一生懸命煮込んで作ったジャム。この中に体に悪い物が入っているなんて。
自分なら我慢して食べればいいけど,可愛い我が子にこれを食べさせることが出来るか?
悔しさがこみ上げてきた。

こうなったときにみなさんならどう行動するだろうか。
1つ目の選択肢はオーガニックなものをお店で買い続ける。…しかし現実にお金が無い。
2つ目の選択肢は食べるのを我慢する。…そんなつまらない人生は嫌だし無理だ。

答えはすぐに出た。第三の道。単純明快でシンプルな選択肢。
そう,それは自分で作ってしまうことである。
無農薬の無化学肥料で作ってやろうじゃないか。そして家族で腹一杯食べて,
食べきれない分はジャムなどの保存食にして1年中楽しむんだ。

これが私が果樹も作ってみようと思った理由である。


ちなみに今,そらいろ農園ではきんかん,オレンジ,プルーン,すもも,
ブルーベリー,クランベリー,梅,柿,栗,林檎,柚などの果樹を植えてみてる。

桃栗三年柿八年。
まだまだ先の長~い話なのだけど,だけど3年後には栗が,そして
8年後には柿が食べられるのだから早く植えておかない手はない。


収穫量は少ないかも知れないけど,農薬を使うくらいなら収穫なんて無くてもいいのだ。
私や息子が安心して皮ごとかじりつける果物を作りたい。望むのはそれだけ。
駄目だったらまた来年。駄目だったらまた来年。いろいろ試しながら待ってみるつもり。

いつか収穫出来て自信が付いてきたら販売もさせて頂こうと思いますので,
その際にはそらいろ農園のおいしい果物もどうかお試し下さいね。